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あすからがんばる

明日のことは書けないブログ

「小説を読む」とは何か

 小説とは物語を伝えるための装置でしかないと思っていたが、最近は物語の方の解釈が変わってきた。小説は未だに装置だ。それ以上でもそれ以下でもない。問題は物語だ。物語とは“散文による創作文学のうち、自照文学を除くものの総称”(引用元・三省堂辞書)だ。私は話としてまとまっているものを物語というのだと考えている。

 物語について大雑把に捉えていたせいで、小説だけが装置である必要がなくなっていた。物語を伝える方法は漫画でも映画でも良い。漫画には漫画の、映画には映画のやり方がある。小説には小説のやり方がある。それを表現してこそ、物語を伝える装置としての意味を成すのだと思うようになった。

 小説のやり方とは、単に物語をなぞって文を書き起こす行為ではない。読者に対して物語をなぞりながら漂う雰囲気を伝えることが重要だ。飲茶さんのブログ(http://blog.yamcha.jp/article/374389974.html)で読んで、深く納得するとともにある疑問が浮かんだ。今まで雰囲気を察することもせずに小説を読んでいたため、物語を単に話としてまとまっているものとしてしか考えていなかったのでないか。つまり、物語には物語ごとの雰囲気があるということが分かったということだ。

 小説を読むというのは物語に潜む雰囲気を楽しむということなんだろう。