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あすからがんばる

明日のことは書けないブログ

飼っていた猫が死んだ

今から7年前、福はやってきた。

福というのは猫の名前だ。福が家にやってきたのはちょうど私が14歳の誕生日の時だった。別に誕生日プレゼントとしてではない。捨てられていた猫をかわいそうだと思って母が拾ってきたのだ。家には同じように拾われた猫がすでにいた。チーという。当時は15歳で、私よりも年上だった。チーは私が高校生の時に姿を消した。猫は死ぬところ見せずに死ぬというが、おそらくそれだろう。しかしながら福という猫は具合が悪そうな顔で私の顔を見てくるので、これは病院に連れて行った方が良いねと母に提案した。福を連れて行く時、なんとなくこれが最期であろうと感じていたが、その直感は当たってしまい、3月18日19時30分頃、福が死んだと動物病院から連絡があった。そうか、死んだのか。私の感想はそれだけだった。動物病院で福を引き取り、まだ温かいことを確認した。診療代や葬儀のことなどいろいろ聞いたが、家に帰って来てからはいつもどおり夕食を食べ、テレビを見て、風呂に入って寝た。私の生活の隣で福はよくいた場所にいる。普段から寝転んでいた椅子のそばで、相も変わらず寝ているのだ。ただ、テレビを消した時の家の静けさが増している。寝る前に静かに眠る福の喉を撫でてやると深い毛の奥から死が伝わってきた。固くて冷たい死が伝わってきた。

今、家には猫が一匹もいない。考えてみると、私は猫のいない暮らしをしたことがなかった。家にいる間は猫が同居していることを頭の片隅に置きながら生活している。例えば、風呂場の戸はいつでも水が飲めるように少しだけ開けておくだとか、風呂場に通じるリビングのドアは寒いけど少しだけ開けておくだとか、こっそり小便をされないように客間の引き戸には棒を立て掛けておくだとか、寝室のドアはベッドに小便されないように閉めておくだとか、爪を研がれてしまわないように発泡スチロールは見えないところに隠しておくだとか、ホームセンターに餌を買いに行くだとか、病気の猫用の餌を動物病院に買いに行くだとか、人間の食べるものはちゃんと閉まっておくかゴミに出すかするだとか、無糖のヨーグルトが出た時は皿に少しだけ残しておくだとか、どこかから拾ってきたネズミやモグラの死体を外に捨てに行くだとか、いつも横になる椅子の上にはクッションを引いてやるだとか、くしゃみのしぶきでクッションが汚れないようにクッションカバーを新しくするだとか、台所を歩く時に足元に尻尾がないか確認するだとか、野良猫が家の中にまで入ってくるので追い払うだとか、具合が悪そうなので動物病院に連れて行く、だとか。

こうした行動は猫がいなければしなくて良い。しかし、その行動を無意識のうちに取ってしまう。そうすると無常感のようなものを覚え、鼻をかまなければならなくなる。する必要のないことと分かっているが、今でも客間の戸には棒が掛けられているし、風呂場の戸は少しだけ開けてある。もしも死後の世界があるとするならば、死後の世界での身の振り方について戸惑っている頃であろうか。自分の居場所を見つけてまたそこで眠るのであろうか。

津波で街が死んでも、祖父が死んでも、飼っていた猫が死んでも、私は生きていく。すべては巡り廻る生と死の法則。だから人は愛し、別れを悲しむ。悲しみは感情の層の一番下で私を支える。悲しさが風化することに私たちは恐怖や嫌悪を覚えるだろう。でもそれで良い。生きていくとはたぶんそういうことなのだ。ひとつひとつ、今日も明日も生きていくことが大事。そのように私は思う。